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【本音と建前】建前は着るもの。全裸はみっともないよ

https://www.instagram.com/p/BUtCOG_D1TZ/

前回の記事では「本音と建前は使い分けた方がいいよ」という極々当たり前の話をした。

だが中には、
「やっぱり建前は必要なの?」
「本音だけで生きていきたいよ!」
という人もいるかもしれない。

だから今回は「建前を上手に使えるようになる意識」をお伝えする。

建前を使えるようになることはなんにも悪くない。むしろ大人の身だしなみとしてとても大切なこと、という意識を持っていただけたら幸いだ。

「建前」は衣服のように着るもの

まずそもそも、「建前」とは何のか?
「建前」とは「本音」=本当に思っていることとは別の、取り繕った言葉だ。
相手の気持ちや自分の見られ方を気にして発する、表面上の言葉だ。
人によっては、「建前」=「嘘」と捉えて、建前を使うことを嫌悪し、いつも本音で生きたいという人がいるかもしれない。

だがぼくは、人間には「建前」が必要だと思う。

こうイメージするといい。
「建前」は”衣服のように着るもの”だと。
すると、「建前」が人間社会を生きる上でどんなに大切なものかがわかるようになる。

本音だけで生きるということは、全裸で生きるということ

小さな子供だったら、人前で全裸でも許されるかもしれない。
大人でも、家族や親しい友人の前なら、全裸になることもあるだろう。
だが普通の大人が、大して親しくもない人の前で全裸になったら、即☆アウトだ。

「本音と建前」に関しても同じことが言える。

小さな子供が本音しか言えないのは悪いことではないし、大人でも家族や友人など、親しい間柄では、むしろ本音である方が居心地よく過ごせるだろう。
時にぶつかり合うことがあっても、「分かり合いたい」という気持ちがあるから。

だが、大の大人が大して親しくもない人に本音でしか接しないのはどうなのだろう?
それはまるで、大の大人が大して親しくない人に全裸を見せることのように、失礼なことだ。

だから大人の身だしなみとして、「建前を着る」という感覚を持つのはとても大切だということを覚えておきたい。

建前を脱ぎ着する術を覚える

建前を着る必要性が理解できたら、次は建前を脱ぎ着する術を覚えよう。
なぜなら、日本人の多くは建前を着込みすぎて、知らず知らずのうちに疲れているから。
建前を着込んでいる自覚がない人も、他人と関わるときの自分を思い返してみるといい。

他人と会話するのが億劫になる時はないか?
会話した後にひどく疲れることはないか?
親しい人とそうでない人とで、話し方や言葉が大きく変わらないか?

無自覚に建前を着込んでいる人は、真夏にダウンジャケットを着込んでいるようなものだ。そのままで熱くて具合が悪くなってしまう。

だから建前を脱ぎ、素の自分になったり、建前を着て疲れた体をリフレッシュする必要がある。

【建前を脱ぐ方法①】本音で話す

では具体的に、どうすれば建前を脱ぐことができるのか?

まず最初にわかりやすい方法として挙げられるのは、「本音で話すこと」だ。

「この人になら、素の自分を見せられるな」という人。
「この人と一緒にいるとなんだか楽だな」という人。
「この人なら、本音を言ってどう思われようとも、ちゃんと話せるな」という人。

本音で話せる相手を捕まえて、定期的に話す。
すると、日頃建前を着飾って見せられない部分を、恥ずかしげもなく見せることができ、爽快な気分になるだろう。

もし本音で話せる人がいないのならツイッターなどの匿名のSNSで本音をぶちまけたり、秘密の日記に日頃思っている毒を吐きだすのも効果的だ。

ぼく自身は日記を活用することが多い。
文字にすることで自分の思考を整理することができ、自分の本音と真っ直ぐと向き合うことができる。

【建前を脱ぐ方法②】本音を形にする

先ほどの日記やツイッターにも通じるが、人に話せない本音は何かしらの”形”にするといい。

曲を創る。
絵を描く。
文章を書く。
映像を撮る。
陶器を焼く。

個人的なオススメは【文章を書くこと】だ。

どんな人でも読書感想文などの文章を書いたことがあり、他の創作活動よりも気軽に取り組むことができる。
言葉を話せる限り、文章を書くことは誰にでも可能だ。
実際、ブログやツイッターなどの媒体を通して自分の思っていることを発信する人間の多い日本では、本音を綴ることは建前を脱ぐ上で有効的と言えるだろう。

【建前を脱ぐ方法③】人を絶つ

「本音や建前」というのは、「話す人がいる」ことが前提だ。
本音で話せない人がいるから、建前を着る。だから疲れる。
ならば、そもそも目の前にする”人”がいなければ、本音も建前もなくなる。

人はいつの間にか「一人になる時間」がなくなっている。
常にスマホを持ち歩き、LINEやFacebook、Twitterでいつでも誰かと繋がっている。
いつからこんなに寂しん坊になったのかはわからないが、”繋がる安心感”を覚えたぼくたちは、いつの間にか”離れる安心感”を忘れてしまったのかもしれない。

SNSを絶とう。
独りになる時間を創ろう。

慣れないうちは心細く感じるかもしれないが、人を絶ち、本音も建前もない「独り」の心地良さを知ると、「みんな」といる時とは別の、特別な安心感を感じることができるから。

まとめ

建前は衣服と同じ。
大人の礼儀として、人の前では建前を着ること。じゃないと人を不快にさせるから。
だが親しい人や分かり合いたいと思える人の前では、建前を脱げると、より良好な関係性を築きやすい。

建前を着込む続けていると疲れるので、定期的に脱ぐ術を覚える。
本音で話したり、本音を作品や文章という形にする。
または本音や建前の存在しない、孤独な時間を持つことで、建前を着て蒸れた精神をリフレッシュすることができるだろう。

TPOに合わせて着用する衣服を選べるように、心と体と状況・環境に合わせて本音と建前を脱ぎ着できるようになろう。