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ララライフ!

心と体の健康を取り戻すためのブログ

「社会人大学人見知り学部 卒業見込み」っていう本、知ってる?【PART2】

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前回に引き続き、オードリー若林さんのエッセイを書籍化したこの本、【社会人大学人見知り学部 卒業見込み】の中で、ぼくの心に響いた言葉をご紹介する。

(ところで、この本はタイトルで損をしていると感じるのは、ぼくだけだろうか?友人に勧められなかったら自分から読むことのないタイトルだ。)

あらすじ

若手芸人の下積み期間と呼ばれる長い長いモラトリアムを過ごしたぼくは、随分世間離れした人間になっていた―。スタバで「グランデ」と頼めない自意識、飲み屋で先輩に「さっきから手酌なんだけど!!」と怒られても納得できない社会との違和。遠回りをしながらも内面を見つめ変化に向き合い自分らしい道を模索する。芸人・オードリー若林の大人気エッセイ、単行本未収録100ページ以上を追加した完全版、ついに刊行!
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前回の記事

「大丈夫」は魔法の言葉

本当に本当にどうしようもなくネガティブになってしまった時、あなたはどうするだろう?
そんな時、ぼくは漫画を読んだり、映画を観たり、運動をしたり、寝たり、とにかく今のこのネガティブな思考から逃れるために、何かに没頭する。

でも、没頭だけじゃどうしようもないネガティブもある。何に没頭しようとしても頭から離れてくれない。ぜんぜん集中できない。逃れたいけど逃れられない。
ぼくはそんな時、ただただこの身を丸めて、時間が経ち、ネガティブが消えてくれることを願うばかりだ。

でも、もし仮にぼくに「大丈夫」という言葉を言ってくれる人がいたらどうだったのだろう?
ぼくは天の邪鬼なので、
「あなたに何がわかるのか」
「放っておいてほしい」
と思うにちがいない。

だけど、それでもいいから、「大丈夫」という言葉を求めるときがある気がする。求めている人がいる気がする。
もしかしたら相手の神経を逆なでするだけかもしれないし、幻滅させてしまうだけかもしれないけど、それでももしネガティブに飲み込まれそうな人がいたら、ぼくはぼくにできる精一杯の「大丈夫」を相手に言おうと思う。

どれも”本当の自分”でいいんじゃない?

【ディブ】とは平野啓一郎さんの【ドーン】という小説の中に出てくる言葉らしい。
「なるほどな」、「そうだったのか」と思った。

 

接する人によって、自分が変わる気がする。

家族と接する時の自分。
友人と接する時の自分。
恋人と接する時の自分。
同僚の接する時の自分。

どれが”本当の自分”か、わからなくなる時がある。
相手によって話し方を変え、使う言葉を変え、見せる表情を変える。
どの自分も、「本当じゃない」気がしてくる。
相手に嘘をついているようで、無意識に自己嫌悪に陥るときもあった。

でもそうじゃないんだ。
どれも”本当の自分”なんだ。

だってぼくは、人によって毎回嘘をつくほど器用じゃないし、意識しているわけでもない。ただ自然と、話す相手によって自分が変わるだけ。そういう”現象”のようなものだ。
だから相手によって接し方が変わる”それ”に、【ディブ】という名前がついて、なんだか安心した。
自分だけじゃない。誰にだってあること。別にいいことでも悪いことでもないから、勝手な罪悪感で自分を苦しめる必要もない。

そう気付いて、人と接するのが楽になった。

”幸せ”はジェットコースターの後に

ぼくは緊張したり、プレッシャーがかかるのが嫌だ。心臓がドキドキすることのないように、なるべく平穏な人生を送りたいと思っている。
だけど、仕事をしているとどうしても「ちゃんとやらなくちゃ」という緊張感やプレッシャーが生じる時がある。それがたまらなく苦手で、逃げ出したい。

でもこの文章を読んで、「そうか」と気づかされた。
そう、”ずっと平穏”だと緊張感から解放された”安堵の気持ち”や、プレッシャーを乗り越えた後の”達成感”を感じることさえもできない。
それはまるでジェットコースターのように、”一回落ちる”ことで、”上がる”ことができるんだ。”上がる瞬間”のそれは、とても心地よく、快感にも似た高揚感を感じさせてくれる。

今でも、できれば終始平穏でいたいと思う。日々穏やかに過ごしていたい。
でも、どうせ仕事はするし、どうせプレッシャーがかかるときがあるんだ。
ジェットーコースターの後の高揚感を想像して、そのプレッシャーをも楽しめる自分でありたいものだ。

まとめ

この本を振り返ってみて、改めて若林さんはすごい人だと思った。
日常のほんの些細な出来事から、自分を紐解くというか、肯定するためのヒントを見つけ出す。
なぜだろう。なぜ気付けるのだろう。なぜそこまで深堀りできるのだろう。
きっと、「考えすぎる性格」に端を発しているのだろうが、それが社会に出てから「否定」ではなく「肯定」に向かうことが興味深い。
何はともあれ、若林さんの気づきや言葉たちに励まされる自分がいて、励まされる多くの人がいることに嬉しく思うし、若林さん、本当にありがとうございます。

みんなが自分を肯定できますように。