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【本当の自分がわからない人に】自分を「360度の球体」と思うこと

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これまで「本音と建前」についてぼくが思うことを綴ってきたが、実はぼく自身はあまり本音とか建前とかって意識することはない。
なぜなら、「自分は”ビー玉”のような360度の球体であり、見る人の角度によってはその色を変えるのは当然だから」という考えがあるからだ。

この考えになったのは、阿川佐和子さんのベストセラー書籍【聞く力】を読んだからだ。

”本当の自分”がわからなくて、日々がどうしようもなくつまらなかった

物心ついてから20代前半までの日々。
他人にどう思われるのかを気にし、取り繕ってばかりいた自分。

「この人と一緒にいる時の自分は”本当”だな」
「この人と一緒にいる時はあまり自分を出せない気がする」

そんなことがいつも頭の片隅にあって、人と話すのがなんだかひどく疲れる。
そしていつの間にか、どんなに親しい人と話している時も、「本当の自分」を感じられなくなっていった。

「あれ、どれが本当の自分なんだっけ?」
「なんだか、いつも嘘の自分が気がする」

こう感じるようになったからといって人間不信になることはない。
ただ、「本当の自分、不在」と感じるだけ。
そして日々がなんだかとても虚しくて、つまらなく感じるようになった。

20代になってからもそれは変わらない。
リラクゼーションの仕事を始めて、とてつもなく楽しかったのと同時に、お客様の前での自分の「作りっぷり」にひどく疑問を感じていた。

人と関わるのがどうにもつまらなくて、接客をしている時の自分がどうにも好きになれなくて、それでもお客様のためにより良くありたいと思っていた時に、たまたま接客の勉強のために手に取ったのが阿川さんの書籍、【聞く力】だった。

【聞く力】の中の言葉

この言葉たちに出会った時、とてもすんなりと腑に落ちた自分がいた。20年以上抱えてきた胸のわだかまりが取れたように感じた。

親と話す自分。
子供と話す自分。
友人と話す自分。
同僚と話す自分。
パートナーと話す自分。

このどれもが、”本当の自分”である。

「そうだよな、別にいつも本音と建前って使い分けているわけではなくて、自動的にそうなるだけ」
「人間、誰しもが全ての人に対して”同じ自分”であることなんてありえない」
「その人との関係性が変われば、その人から見える角度が変わり、自然と話す言葉や話し方も変わるよな」
「”全部本当”で”全部自分”、それでいいじゃないか」

そうして自分を認められるようになって、人と接するのに負い目を感じることがなくなり、生きるのが楽になった。

自分なりのイメージを付け加えると、より自分が楽しくなる

話はこれで終わりではない。
想像力豊かで考え症のぼくは、【360度の球体の自分】にさらにイメージを付け加えていった。

「まず、【360度の球体】は”水晶”のように透明のものではなく、”ビー玉”のように透明の中にも色がついている。」
「だから見る人の角度によって色が変わるように、ぼくも話し言葉や表情が変わっていくのか」

よりしっくりくるイメージに仕立て上げることで、【360度の球体の自分】という考え方を自分の中に落とし込みやすくなる。

「でも、やっぱり”一緒にいて居心地のいい人”とか全部が本当の自分なんだけど、その中でもさらに”芯に近い自分”を見せられる人っているよな」

そして【360度の球体】のイメージをさらに膨らませてみる。

「そうか!”球体”ということは、”深さ”があるよな」
「ぼくを見る角度によってぼくの色は変わるけど、”限りなく透明に近い自分”もいるのかな」
「親しい人からは球体は透ける。だから、よりぼくの中心まで見える。」

より自分にフィットするイメージが出来上がり、人と関わるのが楽しくなる。

「この人と話している時の自分の色が好きだな」
「あの人と対する自分は、少し黒いかも」

関わる人によって、色を変える自分がなんだか可笑しい。
もっともっと、いろいろな人と関わって、色々な色の自分を発見したい。

ぼくが接客を好きなのは、”お客さんと話している時の自分の色”が好きだからだった。
とても丁寧で優しくて広くて深い自分。

「こんな色が自分にもあるんだね」

小さな喜びを感じられる瞬間だ。

そして何より、自分の中心まで見えるほどの”限りなく透明の自分”でいれる人と出会えたとき、この人を心の底から大切にしようと思えた。

まとめ

「汚い色はない。沼の色が汚く見えるのは、沼を沼足らしめる周りの環境が汚いからで、沼の”色”そのものを抽出してみたとき、その色はとても美しいのだ」

色に良いも悪いもない。
だから、話す人によってぼくの色は変わるけど、その色はどれもが大切なぼくの色。

少しだけ長く、自分の好きな色でいたい。
少しだけ長く、透明の自分でいたい。

そう願うことはあるけれど、どの角度から見た自分の色も美しいのだと素直に認められたとき、ぼくには”本当の自分”がどうでもよくなったんだ。